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2007年6月

2007年6月30日 (土)

ぼくなつ3




筆しらべ「水郷」を手に入れた。これで炎に包まれた宝箱も手に入れられる。向かうところ敵無しの俺ことアマテラスである。しかし、あいつが八犬士だったとは……。イッスン、さあやつを一閃しにいこうか。



ぼくのなつやすみ3が発売になるみたい。しかし、PS3なのか。買え!と言うのか?このソフトのためだけに?埃を被り、充電器がどこかに消えて放電しっぱなしというリチウム電池には大変劣悪な状況に置かれたPSPの二の舞になるぞ。でもほしいぞ、ぼくのなつやすみ3。

ナレーションに糸井重里を使っていつのは、となりのトトロへのオマージュなのかな、といまさら気が付いた。おせえよ、俺。



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2007年6月26日 (火)

秩父、雨、ダム、廃墟





上には上がいるもんで、そういった方々を見ていると自分がダム好きなんていうのは大変おこがましく、最近はあまりダム好きとは公言していないのだが、日曜日、ひさびさに行って来た。奥秩父のダム巡り。



上の写真は浦山ダム。重力式コンクリートダムとしてはそこまで大きなほうではないかな。



こちらは上から。ここは昇降機でダムの下へ行ったり上へ行ったりできる。バイオハザードにでてきそうな馬鹿でかいやつだ。もちろん、ジル・バレンタインに扮してバイオごっこをやったのはいうまでもない。今度来たときはメタルギアごっこだな。




さて、お次はいよいよ今日の目的の場所、以前から行きたかった大滝ダムだ。未だ工事中のダムのためまだ近くには行くことができないのだが、ここの特筆すべきところは、なんといってもダムの前に横たわるループ橋。写真では大変わかりずらくて申し訳ないが、正面に見える道路と写真を撮った場所はグルリと繋がっているのだ。天に登って行くように伸びて行く道路、そしてその背後にダム。この構図はなかなかない。
こちらも重力式なのだが、重力式の魅力は、その莫大なコンクリート量の迫力だ。
ループ橋、ダム、どうやってもすべてを収めることができない。今度来るときまでには広角レンズを手に入れていたい。リベンジ大滝である。



そのあとは、奥秩父の奥の奥、廃墟マニアには垂涎の日窒鉱山に寄ってきた。正確にはここの鉱山はまだ稼働中なのだけど。昭和のまま時が止まった廃村。足尾とそっくりの雰囲気。


ダムに廃墟、至れり尽くせり、熱がでそうなほどすばらしいドライブだった。



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2007年6月24日 (日)

歌舞伎町の女を聞きながら、歌舞伎町、初夏、夕方。

前髪パッツン、っていつ頃から言い出したの?意味から考えると、バッサリの方が適当だと思うのだが。あまり受け入れたくない状況になっているのにも関わらず、それでもまだ隙あらば可愛さ挟んでいこうという気概が「ぱっつん」という言葉に見え隠れしていると思うのは俺だけ?しかし「ポチャ」よりはマシ。ぜんぜん余裕。むしろ歓迎。まったく微笑ましいことよのう、ムスカ君。


昨日、夕方から暇になり、新宿へ。フィンチャーの「ゾディアック」はやってないし、「大日本人」は混んでいて見れない。くそ。困ったときのテアトルとばかりに暑い中歩いて行くが、見たいと思える映画はやっていなかった。暇だ、暇すぎる。合コンの待ち合わせだと思われる数人の男女グループの横で途方にくれる。女子のテンションが明らかに低い。わからないでもないな、と気の毒にと思っていると、ここで救世主登場。おい、「顔とか関係ないよ~」と言ってたのはどこの口だ?さっきとはうってかわって、女子気分上々↑↑。まあ、その気持ちは分かる。が、露骨すぎの反応。思いやりって大切だと思った。

本屋に行く気にもなれず、マンガ喫茶もなんだかなあ。なんでも揃っている欲望の街、新宿でどうすればいいのか分からない俺。この先の人生を暗に示しているように思えてくる。メタファーなのか、この状況は。


帰ろう、大人しく。丸井が丸々なくなっていたことにちょっとだけ驚く。嘘。驚いたふりをして、何かしらの収穫を得たと新宿に来た行為を肯定しようとしただけなのかもしれない。もう自分の気持ちすら分からない土曜の夕暮れ。



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2007年6月21日 (木)

1000の小説とバックベアード



佐藤 友哉
1000の小説とバックベアード


あらすじは極力書かないように、感想だけ書こう。


僕は、小説なんてものは、ほとんどの人間にとっては必要なものではないモノと思っている。読んでいる人はごく一握りの人間でましてやハードカバーまで買って読むなんて人は本当に少ないだろう。そういう一部の人に文学界というは支えられている大変脆い世界だと思う。もちろん、音楽も映画も絵画も演劇もエンターテイメントと呼ばれるものすべては所詮、生活必需品ではないのだけど、小説ってのはその中でもより必要のないモノじゃないのかな。一冊の小説で人生が変わるなんてことはないし、そういうことを簡単に声高に叫ぶ作家はあまり好きではない。もっと小説の可能性に疑っていてほしいのだ。けれど、そうは言っても、でもやっぱり人生を変えてしまうような物語を書いてやるという気持ちを持って出して来てほしいとも思っているし、人生を変えてしまうなんてことがまったくない、なんていう風には思っていない。だって読者としてはそういうのを望んでいるし。


所詮は小説、されど小説。というのが僕の考え。


「1000の小説とバックベアード」、ここ数年で一番の作品かもしれない。小説とはなんぞや、ということを真摯に、そしてひたすら考えて、考え抜いて答えを出した作品。テーマとしては大変重く、純文学にくくられるようなものを、エンターテイメントまで昇華させてしまっている作品。とにかくすごい!どういったジャンルの、なんて分類するのは申し訳ない。唯一無二の作品。


もう何度もいっているけど、いいモノを見ると、打ちひしがれる。その作品の持っているパワーにやられて膝から崩れ落ちる。立ち直れない。けれど、そのさらに上を行く作品というのは、その後に、俺もがんばろう!と思わせてくれるのだ。こんなところにいちゃだめだ、もっと!、と。そしてかならずできるとも思わせてくれる。
もう一つは、自分のために作られたと思わせてれくれる作品。すべてでなくてもいい、一部分でも、作品の方から自分に向かってくるようなモノ。
これが僕の「すごい作品」の定義。


ハイロウズのライブを見て何度もそう思ったし、「パプリカ」を見てそう思ったし、「ケインとアベル」を読んでそう思ったし、「パッチギ」見てそう思ったし、「疾走」読んでそう思ったし、「モンスターズインク」見てそう思ったし、「キッズ・リターン」見てそう思ったし、「夏の庭」読んでそう思ったし、と、まあ、他にもいろいろあるけど、いい作品というのは今いる自分の場所を救ってくれるのだ。


で、だ。この本は、そこの部分がとてつもなく強い。とにかく優しい。心のくびねっこを掴んでぐわっと持ち上げてくれる。


この本を読了したときの感動が何かに似ているとずっと考えていたのだけど、さっきちょっと分かった。出会い、別れ、人間の心の機微、感情移入、普通そういうところで感動するものだけど、この本はもっと大きな何かがあった。そしてそこにがっつりひっかかった。それは、例えるなら、大自然や美しい景色を見たときの感動、そういうとてつもなく大きな感動なのだ。実際、読後感は、とても綺麗な景色を見せてもらったと思った。



これもなんどか書いていることだけど、僕は本当にいいと思った作品をあまり紹介したくないのだ。自分のモノだけにしたい、とかそういうことではなく、自分が持っているボキャブラリと話術などで語ったところで、その作品の魅力をぜんぜん語ることができない、下手に僕なんかが紹介してしまうことで、その作品本来の魅力が失われて伝わってしまうと思うからだ。けれど、そういう誤解をされることを承知した上でも、紹介したい作品が中にはある。


小説を読むのが好きな人にはぜひ読んでほしい。これは売れるべき作品だ。



2日で読んでしまったのだけど、今思えば1週間や2週間かけてじっくりと読む作品だったかな、と。

なんか暑苦しい文章ですいません。ほんとすいません。画面から3mくらい離れたところから読んでくれ。




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2007年6月20日 (水)

心霊スポット 後編



続きにすると、モチベーションが下がり、他の事柄を書きたくなるからいけない。しかし書こう。
では続き。


根岸くんと唯一気の合うところは、お互いからっきし幽霊を信じていないところである。いや、信じていないというと語弊があるか。興味がないのである。自分を守ってくれる霊がいるとすればそれはちょっとうれしいし、呪われているなんて言われたらちょっと気持ちが悪い。そんな程度。あまり興味がないのだ。だって現実の方が怖くて奇妙で不思議なことが多いから。

そんな僕らが心霊スポットに行くのを疑問に感じる人がいるかもしれないが、それは愚問というものだ。
ただ暇だったからである。
暇だったから株を始めてみた、暇だったからジャニーズに応募してみた、暇だったからサーフィンをしてみた。そんなノリである。幸い僕らは金も持っておらず、イケメンでもなく、松崎しげるになるつもりもなかったので迷うことなく心霊スポットに決まった。


さてデジカメを持ってスポットへ。写真の公衆電話は僕の小中学校に通ったものなら109やQフロントやスタバは知らなくてもこの電話ボックスは知っているというほど超有名心霊スポット。通称「赤い電話ボックス」だ。


ひどいいじめにあっていた少女。学校帰り、その日はいつもにもましてクラスの数人から激しい暴行を受けていた。このままでは死んでしまう。そう思った彼女は、自分を取り囲んでいる彼らの間をすり抜け逃げ出す。しかし、彼らはそう簡単に諦めることはしない。徐々に距離が縮まってくる。彼女はとっさに目に入った近くの公衆電話に逃げ込んでしまう。しまった!そう思ったときは遅かった。追いかけていた者たちは、案の定彼女を公衆電話に閉じ込めた。そして彼らは電話ボックスの中に花火を放ち、火を焚いた。彼女はとにかく「助けてくれ」と叫んだ。すると一人が「一度だけチャンスをやるよ。一回だけ電話をかけていい」そう言って10円玉を投げ入れた。彼女は家に電話した。5度目の呼び出し音で受話器を取る音がした。「もしもし!」彼女が受話器に叫ぶと同時に電話は切れた。

「!?」

視界の端によぎった紐のような物。外を見ると、一人が電話ボックスから引きちぎった電話線を手に持ってこちらに笑みを浮かべていた。それを見た彼女は、持っていたカッターナイフで自殺した。電話ボックスの中で。


この話は僕の創作ではなく、あくまで僕の通っていた学校で流行っていたものだということを断っておく。


僕らは、彼女の血で真っ赤になったという電話ボックスの前に立った。彼女が自殺した時間まであと五分。それはつまりこのガラスが真っ赤になるといわれている時間だ。彼女の自殺した時間になると当時のように血で真っ赤になる、それが僕らの学校に伝わっていた噂だったのだ。


時間になった。しかし、案の定というか予想通り、今までとひとつも変わらない電話ボックスがそこにあった。一応その場で写真を撮って、なんだかピンとこない気持ちのまま家に帰ることになった。


家に帰ると、僕は小腹が空いたのでPCにデジカメ写真を取り込む任務を根岸君に任せて、僕はレトルトカレーを暖めた。もちろん、根岸君の分はない。でも何もないのはかわいそうなので、テーブルに転がっていたカロリーメイトを与えて上げようと思った。本日、三度目の仏。口の中が砂漠になってしまえ。仏は三度までと昔から相場が決まっているのだ。よって、水分は与えない。


部屋に戻ると、根岸くんは引きつった顔をディスプレイに向けていた。そして僕の方を見てやばいやばいと口をパクパクさせて画面を指した。
何だよ、と思って画面を覗くと、そこにはブランコの写真がピックアップされていた。公衆電話のすぐ近くにあったものだ。
闇の中、外灯に照らされぽつんと佇む姿に寂しさが表れていると思って、帰り際僕が撮ったものだ。


写真を一目見て根岸くん同様、僕も顔が引きつった。そして目を疑った。


もやもやとしたオレンジ色の光の筋が中央に佇ブランコを取り囲んでいる。そしてそのブランコには日本人形のようなおかっぱ頭をした少女がぼんやりと映っていた。
背中から冷たい汗が吹き出してきて、朦朧とし意識が遠退きそうになるのをなんとかこらえ、倒れそうになる体をテーブルに手をついて押さえた。
光の筋も少女も写真を撮ったときには、そこにはなかった、と断言していいほどまったく気が付かなかった。



自分の観察眼の無さ、そしてカメラの操作に夢中になるばかりに肝心の被写体を見ていないというカメラのをやる上での根本的なセンスの無さに、唖然、驚愕、そして失望を通り越して絶望した。

夜だから、露出やシャッタースピードばかりに気を取られていて少女がいることに気が付かなかったのだろう。しかしそんな言い訳もむなしいほどひどい写真だ。


「どうすんだよ、これ?」

根岸くんは僕に失望と落胆の表情を浮かべた。
僕はすかさずデリート。
「おい!いいのかよそんなことして!」
何を言っている、こんな恥ずかしい写真を残しておけというのか。
「やばい、うちら。きっとこれから不吉なことが起こるかも。」
いやいや、相当ひどい写真なのは分かるが、なにもそこまでいわなくても。人に言われると腹が立ってきた。たしかに今の写真はひどい、しかし、たかが失敗した写真じゃないか。
「お祓いしたほうがいいんじゃないか?」
お祓い?僕の失敗した写真は人を呪うほどのものだっていうのか!
「だってあんなにはっきりと写っているなんて。」
そんなあからさまな嫌みを言わなくたって・・・。どこかがはっきりとなんだよ、ぼんやりと霧がかかっているみたいだったっていうのに。


その後もまわりくどく僕を罵倒するような言葉をはき続けた根岸くんは、しまいにはテレビなんかに送って鑑定してもらったほうがいいとのたまったところで、「僕を晒し者にするのか!」と僕はどなり彼を帰らせた。


あそこまでいやな奴だとは思っていなかった。いまに見てろと思いながら寝た。
しかし根岸くんにさんざんネチネチ言われたせいであろう、あの日から三日経つが、ピンボケした少女が僕を襲ってくる夢を毎日見てはうなされている。写真というのは怖い物だと思った。


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2007年6月18日 (月)

心霊スポット  前編

昨日の夜、家に根岸くんが遊びに来た。約束していないし、呼んでもいない。突然の訪問。厚かましいのは彼の特徴なので驚かない。家に上がるなり、今日はまだ朝から何も食っていないと、暗に飯を出せという厚顔無恥な彼に、仏の僕はそうめんを出してあげる。ちなみに僕は生麺タイプのラーメン。彼にはそうめんくらいでちょうどいい。そうめんくらいがちょうどいい。揖保乃糸みたいな人生なのだから。緑やピンクのそうめんをすすって、「これ味が違う!」と喜ぶくらいの幸せの中で生きて行くのが根岸君にはちょうどいいのだ。収まりどころってやつだ。身分相応ってやつだ。


梅雨に入ったのにすごいいい天気だね、と根岸くんが言ってきた。薬味もあげたので彼は上機嫌。単純な人間は嫌いじゃない。


そこでちょっと考えてみた、梅雨入り宣言について。当たって当然、外れたら批判されるようなことをなんでわざわざ気象庁は発表するのか。そんなことしたところでいきなりがらっと気候が変わるわけじゃないのは周知の事実。梅雨明けもしかり。もういい加減やめてしまえばいいのにと思う。そんな理由から梅雨入りが外れたことをごちゃごちゃいう人の気持ちも分からない。そういう人たちは梅雨入りが外れるとたいてい怒っている。「梅雨入りするっていったのにしねーじゃん!」と。だから「え、梅雨入りしてほしいの?」と聞くと、そういうことではないようだ。よくよく聞いてみると、予報が外れたことに怒っているらしいのだ。でもその口調ではまるで梅雨入りしてほしいような口振りである。人の気持ちを理解するのは難しい。


そんな思考をめぐらしたが、これを根岸くんに言ったところで三割も理解できないであろうことは想像にかたくないので、「梅雨入り宣言して外れたら、アマタツさんが小倉さんにいじめられるからかわいそうだ」とだけ言った。


すると彼は「6月とかけてそうめんと説く」と、唐突に謎掛けを始めた。でも、この時点で解ってしまったので無視していたら、ずっーと僕のことを見てくれるのでしょうがなく「その心は?」と聞いてあげる。本日二度目の仏の登場である。
「どちらもつゆ入りします」と満足気な顔で言った。
小学生の頃だったら、間違いなく殺意を抱いていただろう。


とんでもなく弛緩した空気の中、このままでは二人ともボケてしまうと考えていると、「そうだ心霊スポットに行こう!」とどっかのCMのキャッチコピーみたいなことを言い出す根岸くん。彼の話はいつも唐突だ。文脈というものがない。


大変不本意だが、やることがないので、しぶしぶ彼の提案に乗った。


心霊スポットに行ったところまで書くつもりだったけど、根岸君のせいで前半が長くなってしまったため、今日はここまで。心霊スポットで写真を撮って来たので次回UPします。



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フェラーリやポルシェよりも希少価値の高い国産車


こう見ると、本当に緑が多いんだな多摩は。

色々やっていたらいつの間にか朝。ぜんぜん眠くなかったので軽く散歩に出かける。蝉が鳴いていないのが不思議なくらいの陽気。ただ、湿気が少ないので気温のわりには過ごしやすい。
午後、あまりにも暇なのでひさびさにドライブ。つくづく多摩は運転しやすいと思う。ここ数十年で作られた街(人が自然と集まって形成された街ではないという意味)なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。車内で「伊集院光の秘密基地」を聞く。そうか、今日はスペシャルウィークか。ビビると爆笑問題の話のどん底話、おもしろい。


駅ビルに行くため、立駐に車を停める。大きなショッピングモールなんかのこの立体駐車場がどうにも苦手だ。狭いからという運転技術的にではなく、車を置いて買い物から戻ってくるときにたいてい迷ってしまうのだ。方向音痴、ということでもなく、車を止めたときに何階に停めたか把握しないで離れてしまうため。だからいつも2階層分くらいウロウロするはめになる。毎回、駐車券を受け取るときは、今回は停めた回数を覚えておこうと思うのだが忘れてしまう。案の定、今日も迷った。今時携帯にもGPSが付いているのだ、車にだって標準装備してもいいのでは。と、思ったけど屋根のあるところじゃ役に立たないか。


夕方、家から車で10分ほどの公園にホタルが出ることを発見。公園を流れる小川の脇にある東屋でぼうっとしていると、近くにいた小1、2くらいの男の子が「写真撮って撮って」と俺に手を突き出して来た。見ると彼の手の平にはアマガエル。何枚か撮っていると、「何勝手にうちの子の写眞撮ってんのよ」という表情をあからさまに浮かべた彼の母親と思しき人物が現れ、「知らない人と話しちゃダメ」と俺に聞こえよがしに言うと、彼の手を引っ張って行ってしまった。母親という絶対権力者と俺への罪悪感がないまぜになった表情で彼は一度、俺を振り返ったのですべてOK。いや、ただ早く帰ってNARUTOが見たいだけかもしれない。あるいは「あれがリアル変質者なのか」と母親の言葉を鵜呑みにしたのかもしれない。まあ、どっちでもいいことだ。


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2007年6月16日 (土)

大規模中央分離帯の謎



両脇に平行に走る道路、東京都道158号小山乞田線。地元じゃ尾根幹道路、町田の方に行くと戦車道路なんて呼ばれている道である。

うちのすぐ近くを通っているのだが、この道路、ずっとこんな調子で中央分離帯にしては大きすぎる空き地が上下線の間に横たわっている。子供の頃からなぜこんな無駄な土地があるのか不思議でしょうがなかったのだが、つい先日ようやくその疑問が解けた。どうやら、本来の計画では、最大幅58m、片側4車線の中央道から町田を抜け16号、そして東名と繋がるバイパスになるはずだったらしいのだ。それが昭和50年代、公害やら入居の当時そんな話は聞いていないという住民の猛反対にあい、計画は中止。その名残がこの草原のベルトらしい。

けっこう大規模な反対運動だったらしく、昔とはいえそんなことが地元で起こっていたなんてちょっと驚き。


ちなみにこの情報、一番最初は「CHAKUWIKI」」で知ったんだが、地元の多摩市の項目、地元民ならニヤリとするものばかりでおもしろい。基本自虐ネタ。その基準としては、うちわで話すと大いに盛り上がるが、外の人に言われるとちょっとムっとくるもの。


みなさんの地元も調べてみては?



あ、「ザ・ロック」やってる。懐かしいなあ。この映画は、中学生のときに市が主催している映画祭で「スピード2」「ザ・ロック」「インデペンデンスデイ」という今だったら頭が痛くなるようなハリウッド爆発3本立ての中で見たもの。いやあ、何も考えさせられるものがない映画というのはいいね。皮肉、ではないっすよ。



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2007年6月12日 (火)

僕とMONOくん

初めて会ったときmonoくんはいつもとんがっていて、この世のすべてを消してやろうと思っているほどつんつんしていた。そのまっ白な体を一心不乱にこすりつけなにがなんでも元通りにしていった。
そんなmonoくんの全力で角張った姿勢に最初は戸惑い気味だったけど、僕が犯したミスを一生懸命なかったことにしてくれる姿に感動して徐々に彼との距離は近づいていった。


monoくんと一緒の生活が日常になるにつれ、あんなにとがっていたmonomくんは丸みを帯びて来て僕の手になじんだ。もう僕とmonoくんは一心同体だった。僕がミスをするとすかさずmonoくんは机の右上端という定位置から飛び出して来て、「ほなやりまっか!」という間にリセット。そして僕の方を見て、さあ正解を書くんだ、とウインクする。僕は照れ笑いを浮かべてmonoくんに感謝する。彼の方も「しゃあないなあ」と言いながら、僕が間違いをするとなんだかんだいってちょっとうれしそうだった。
僕はmonoくんのおかげで失敗や間違いを恐れることなく進んでいけるようになった。もう何も怖い物なんてない。「失敗は成功の元」、monoくんから教わった。僕らは最高のコンビだった。


けれどそんな日は長くは続かなかった。ある時、僕はミスをしていつものようにmonoくんは飛び出してきた。そして僕の間違いを消すと再び机の端に戻っていった。

「あれ?」

けれど、monoくんが体をこすりつけたあとは、黒ずんでいるだけできれいになっていなかった。monoくんもそれに気が付き慌てて戻って来て、さっきよりも力強く自分の体を擦り付けた。

「こんなの、一生の恥や」

monoくんは本当に恥ずかしそうに、そして歯をくいしばって僕の失敗を取り消そうとした。しかし、前みたいにまっ白にはならない。それどころか、monoくんの体が黒くなっていくばかりだった。

「ちょっとまって!」

僕は体を動かしているmonoくんの体を押さえた。「なにすんのや」monoくんは僕の手の中で暴れ、僕を睨んだ。
僕の手の中にいるmonoくんは最初にあったときの4分の1もないくらいの小さな体になっていた。机にはmonoくんの削り取られた体の一部が散乱していた。僕の間違いを消すためにがむしゃらに擦っていたmonoくんの体は、どんどんと小さくなっていたのだ。僕はmonoくんをぎゅっと握りしめた。今までこのことに気が付かなかった自分が情けなくて悔しかった。


それからというもの、僕は以前とうってかわって間違えないように、失敗しないようにとおそるおそる過ごすようになった。それでも僕はドジだからけっこう間違えてしまうことがあった。そんなとき、monoくんは自分の体が削られていくのも顧みず躊躇なく擦り付けた。僕はその様子を見ていられなかった。僕のせいでmonoくんが見る見る小さくなっていった。


そんな日が数日続いたある日、僕はmonoくんに叱られた

「なに間違えること怖がってビクビクしてんねん!前みたいにもっと勢い良くやれや!」
「けどそんなことしたら、どんどんmonoくんの体が—」
「アホか!俺はそれが仕事やねん。お前がそんなこと心配せんでええねん。それになあ、お前がびくびくして間違ったものを消すんはこっちもオモロくないねん。ぜんぜん気持ちよくないねん!前みたいにどーんとこいよ。俺が全部始末したるで。お前はドジでのろまだから、どうせ気使ったところで間違えるんやろ?だったら、気持ちよく行こうや!」

monoくんは、まん丸で真っ黒で満身創痍の体を僕に向けてそう言った。

それから僕は前みたいにおもいっきりやった。僕が間違えるたびに「とは言っても、ちったあ気使わんかい」嫌みの一つも言いながらmonoくんは手加減することなく働いてくれた。僕もそれに答えて一生懸命間違った。


とうとうお別れの日が来た。小指の爪の先ほどにもなったmonoくんは、最後に言った。

「今まではな、ずっーと俺が消して来たやろ。けれど、今度はお前が消す番や」
「え、何を?」
「何って、俺をや。最後はお前の手で俺を消してくれ」
「でも…」
「もう俺にはお前の失敗を消す力は残ってへん。それなのに存在しているなんて俺は我慢できんねん。せやから、最後、お前に消してもらいたいねん。もう、あんま言わすなや」
「……」
「……」
「わかった。今まで本当にありがとう」
「どういたしまして。もう俺がいなくなるんやからあんま間違えんなよ」
「うん」
僕は机の上に乗ったmonoくんの上に親指を乗せた。
「お前に消されて俺は本望や。勢い良く頼むで」
「本当にありがとう」
僕は言葉を発すると同時に親指に力を込めて、滑らせた。親指の腹に当たっていた塊の感触が一瞬で消えていった。机から親指を離すと、親指の腹にはグレー色のケシカスがくっついていた。



monoくんへ
相変わらず僕は間違ってばかりしています。monoくんがいなくなったあとにすぐまとまるくんという友達が来ました。彼にはいつも怒られてばっかです。他にも新しい仲間で修正液くんも加わりました。彼にも間違えすぎてあきれられています。
けれどmonoくんから教わった通り、今でも勢いよく思いっきりにやってます。すると彼らもなんだかんだいいながら、僕の失敗を取り返そうとがんばってくれます。
monoくんのことを思い出すと今まで悲しくなっちゃうけど、メソメソしてたら「何べそかいてんねん!」と怒られそうなので、そんなことはない、ということにしておきます。

monoくんには僕のいろんなモノを消してもらったけど、あのときの思い出だけはさすがに消せないようですね。

それはきっと、これからも。




あっ、やべっ。降りる駅乗り過ごした。

2007年6月 6日 (水)

ヒーローの憂鬱




てんとう虫をモチーフにしているっぽい右の気持ち悪い赤いやつが俺です。もういいって。
わいわいわいわい、なに屋だよ!!



さてさて、今日も今日とて仕事から帰って来てさっそく俺ことアマテラスは妖怪討伐に出かける。現実生活と世界の平和を守るアマテラスとの二足のわらじである。今日は村の平和に大きく貢献することができた。村のご神木が満開になった。川や海も進めるようになった。お尋ね者の妖怪を全部倒した。神主に感謝された。キリの良いところでやめて、時計を見るとなんと1時間半も経っているではないか。意識としては30分くらいのはずだったのだが。でも大丈夫、予定外の1時間はそれだけ睡眠時間を削ればいいこと。時間を作るなんてことは簡単だ。そしてその1時間で、再び冒険に旅立つのである。いや、まてよ……。30分くらいだと思ってやめたら3倍もの時間が経っていたのだから、1時間やったら、実際には……。どうやらとんでもないゲームをにはまってしまったようだ。しかし、村の人の期待や頼み事を背負っているためやめるわけにはいかない。兼業ヒーローの辛いところである。

2007年6月 4日 (月)

妖怪征伐



右から2番目、赤い帽子が僕です。



さて、僕は最近、夜中にヤマタノオロチ退治に出かけている。とはいってもまだ駆け出しで自分の村の周りを守るのが精一杯なのだが。村人がいうには、僕はどうやら伝説のオオカミ、アマテラスらしく世界を再び平和にする使命があるらしいのだ。


世の中にはあまり知られていないとんでもなくおもしろいゲームがある。すこぶる現実逃避に勤しめる。もしかしたら、こっち側に帰って来れなくなってしまうかも……。やっている間ときどきそんなことが頭をよぎり、怖くなって1日1時間だけに留めている。そのくらいすばらしい。とんでもないほど素敵なゲームに出会った。

2007年6月 3日 (日)

家に未来がやってきた



昼過ぎ、都内へ買い物へ。

携帯電話を買えようか迷いながら、家電屋の携帯売り場をうろつく。すげえ綺麗なキャンギャルのお姉ちゃんに声をかけられ、別にソフトバンクにはする気もないのにしばし話を聞く。メリットだけでなく、デメリットも教えてくれる姿勢は、押し付けがましくなく好感がもてた。容姿だけでなく接客もすばらしかった。


携帯はまた今度にして、上の階へ。一部で羊羹と呼ばれている(一人しかきたことない)マック純正マウスを購入。ワイヤレスが売り切れていたので、Mighty Mousuに。これでようやくトラックパッドともおさらば。その後、PS2のソフトをひさびさに買った。このソフトのレビューはまた今度。



ここまで読んだワトソン君、何か今日のブログは普段と違う気がしないかい?

それもそのはず。今日、ADSLから光に変わったのだ。データが光で送受信されるのなんて、これはもうチューブの中を空を飛ぶ車が走り、月に人類が移り住み、カタログに乗っている商品を電話で頼むとその商品が送られてくるくらいの子供のころ科学系の雑誌に乗っていた未来がやってきたのだ(あ、最後はあるか)。


ADSLに比べて光は伝送損失が少ない。ということは、もう今までのように電話線の抵抗によって、俺のリアルでバイブスな感情の機微が妨げられるようなことは少なくなったのだ。すなわちこれは、俺の感情が、現実に話しているがごとくワトソンくんの元へ今までよりもリアルに伝わるということだろう。


ほら、俺のキーボードを打つ息づかいから、今こうしてブログを書いている間にも刻々と変わる感情の変化まで伝わっているんじゃないか?なんせオプティカルだぞ、ファイバーだぞ、FTTHだぞ。その位は運んじゃうだろう。


いや、まてよ。ってことは、別に伝えたくない想いなんかも伝わってしまうのかもしれない。今まではワトソン君のPCに行くまでにロスしていた心の奥底で思っているどす黒い思い、アイツを蹴落としてやろう、もう金輪際あんなやつとは二度と口聞かんだとか、どうして俺よりあんなやつを……だとか、これだから馬鹿はきらいだとか、戸袋にはさまれちまえだとか、センスが悪いのは勝手だが人を不快にするセンスの悪さってのを知った方がいい!だとか、そういうのまで伝わってしまうのだろうか。


だ、大丈夫……。光だってそこまでじゃないだろう。こういったことを思っているってことは誰にも伝わっていないはずだ。常に肩には野鳥がとまり、俺がつけた足跡には花が咲き乱れ、俺が手をかざせばipodの充電がみるみるうちに満タンになり、炊飯ジャーを抱き込めばあっという間にふっくらとしたお米が炊きあがり、俺が祈りを捧げれば遠くメキシコにいる虫歯で苦しんでいる少女の痛みが和らぐ、そんな優しいNISHIFUJ1のイメージが光にしたからといって崩れることはない。これが虚構だったなんて誰にも分かるわけがないのだ。ケケケ、バカなやつばかりだ。



あ、そうそう、おめでとうとメールくれた人ありがとうございました。なんか、自分はほとんど送ったりしないのに(というより忘れてしまうので)、うれしいと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

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