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2008年2月

2008年2月28日 (木)

不意打ち十年ぶり





マン喫のブースの陰からこんばんわ。


仕事が終わって、さきほどプロバイダに加入しようと家電量販店に行ったときのことだよ。光とADSLどっちにしようかなあ、値段か早さか、開通日までの時間か。この複雑な問題を整理すると、最終的には上戸彩か相武紗季、どちらが好みかという問題にいきつくわけですな。


申し込みカウンターの前でうろうろしていたら、ふと店員さんに目が止まりまして。も、もしや、Sちゃんじゃないか!?いやいや、まさかこんなところにいるわけが。でも幾分は変わりはしているけど、背格好も僕の記憶の中のSちゃんとそっくりだし。と、思っていたら目が合う。うーん、さてどうする。とりあえず近くにあったパソコンをいじる。



どう見てもそうなのだな。中学校一緒だったSちゃんなのだ。そして決定的、左胸の名札にSちゃんの苗字。ああ、そうですか。最後にあったのが高1くらいだったから約10年ぶり。僕とSちゃんの仲は、二人っきりで遊ぶことはあまりなかったけど、共通の仲のいい友達が多かったからそいつらを交えてはけっこう遊んだ仲。

中学三年生の夏終わりから登校拒否になったSちゃん。別にいじめられていたわけではない。風の噂では、親に柱にくくりつけられて折檻を受けているという。それを聞いて僕らはSちゃんの家に行ったんだけど、Sちゃんの母親からは、「今はいない」の一点ばりで何度行っても一度も会えなかった。



2ヶ月くらい経って、ふらりと登校してきたSちゃん。理由を聞けば、さすがに柱にはくくりつけられてはいなかったけど、家に監禁されて、ソフトSM的なDVを受けていたという衝撃的な言葉をさらりと吐いたSちゃん。このため高校受験に大事な二学期を棒に振ってしまったので、それまで目指していた高校へは行くことができずに、定時制に通うことになったのだ。中学卒業しても高1のときは何度か遊んだけど、そのとき、定時制はおもしろいよ、と楽しそうにしてたからよかったけどね。あまりに楽しかったからか、は定かじゃないけど、6年かかって高校を卒業したSちゃん。




そのあと松屋で飯を食べたんだが、激熱のほうじ茶を、僕はゴク飲みしてしまって今口の中とのどが爛れてしまったよ。まさかあんな場所でと、そのことばかり反芻してて心ここにあらず、だったのです。






パック料金が終わりに近づいているので今日はこのあたりで。

2008年2月23日 (土)

耳をすませばについて思う事@マンガ喫茶




週末の夜ということで興が乗ったでマンガ喫茶なんてところに来ています。えらくキーボードがべたべたなので、あまり文字数打ちたくないんだけど、テーマがテーマだけに短くできそうにないので我慢しよう。



さて、昨日「耳をすませば」をテレビでやっていて、もう何度目になるのかわからないくらい見ているのに、また見てしまった。そして、昨日はあの映画で初めて泣いてしまったのだよ。ああ、気持ちの悪いエピソードですね。自分でも驚いた。しかも別にぜんぜん泣くところじゃないのに。



あの映画の舞台となっているところは、僕の地元のど真ん中だから、あの映画に対してはもう正当な批評は僕はできない。小中高と、自転車で走り周って遊んでいた場所がでてくるんだもん、それだけでア、アア~もう我慢できない!!(ケロッグコンボ)となってしまうのだよ。って、俺ごときが「正当な批評」ってなんでしょうね、何様なんでしょう。気持ちの悪い発言です。




だから、僕はあの映画を見ていると、だいたいの場所は特定できるし、逆に実際にはない創作物というのも分かる。



そこであの場面がひっかかった。物語前半、雫がムーン(猫)を追いかけて図書館の裏を進み、人が1人通れるくらいの民家の間にある急な上り坂を登っていく場面だ。そこを登りきると、住宅街の一角に出るわけだけど、僕がひっかかったのは、ここ。雫が民家の間から顔を覗かせたとき、後ろに竹林がある。僕は昨日、そうそうここにあるんだよね、竹林が。なんて思ったんだけど、よくよく考えてみると、僕はあのあたりではっきりと竹林を認識したことがない。見たことはあるかもしれないけど、意識してそれを見た事が無い。それなのに、僕はあの竹林を「そこにあるもの」として見ていたのだ。つまり、既視感に襲われていたのだ。あのあたりになじみのある僕がそう感じるんだから、それってすごくリアリティがある画だなあ、と思ったのです。



そして既視感に捕らわれるというもので最近覚えがあるのは、坂口トモユキ氏の写真。写真集出てるから買え。特に多摩ニュータウン在住は。既視感と同時に、知っている風景がまったく別のものにも見える写真もあるからすごい。あ、むしろ僕にとってはこっちの方が強いかも。こういうの、未視感っていうんだっけ?僕にとって、と前置きするのは、写真を撮影している場所がだいたい分かるし、実際に写っている場所を見たことがあるから。




今まで何度も見た映画なのに、実は何も見てなかったのかもなあ、なんて思った。で、もっといえば、物語の本質はそんなところじゃないんだよね。




うーん、今読み返しても一体どこに着地したいのかよく分からない文章ですが、ポテトチップスを食べた後みたいに指先がべとべとでこれ以上キーボードを叩きたくないので、もうこのまま載せちゃいます。



ちなみに、泣いたって場面は、竹林とはまた別のところです。

2008年2月16日 (土)

東京マラソン





マラソンするなら黙々と一人で、が好きなのでマラソン大会は嫌いな僕だけど、東京マラソンは楽しそう。東京ど真ん中を歩行者優先でいけるなんて気持ち良さそうだ。


そのときはNike+iPodと共に。だって、明日なんてnikeplus.comがとってもおもしろいことになりそうじゃん。出るとしたら、もちろん10キロのほうだけど。




これからしばらくインターネットが使えない環境になるので、いつもより更新が滞りがちになると思います。見ていただいている方、すみません。



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ロマンチックは止まるけど…




macユーザのみなさん、ことえりで「はなはな」と入力し変換すると一発で「花*花」と出るの知ってました?僕は今知りました。ちょっと感心したけど、ことえりには他にもっとがんばってほしいところがあるんだけどな。




さきほどからしゃっくりが止まらない。息を止めても駄目、水を飲んでも。検索してみる。ウィキペディアのしゃっくりの項目に『深呼吸を複数回行う(非常に効果が高い)』と書いてある。実践。



ほんとだ、深刻級して4、5回。止まった。


眠くてうとうとしてるとき突然手足が暴れて、周りに人がいるとちょっと恥ずかしい思いをすることになるあれ、しゃっくりと同じ現象で「ミオクローヌス」って言うんだ。へえ。


今日はとりとめもなく。






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2008年2月12日 (火)

雪山




連休は雪山に行ってきた。1日目、2日目ともに雪。特に2日目は気温マイナス9℃の上、ドカ雪。分厚い雪雲の切れ目から一瞬だけ顏を覗かせた太陽の光に、風に舞ったパウダースノーがキラキラと輝いたのは、ダイヤモンドダストのようだった。




3日目。





昨日の吹雪が嘘のような晴天。けれど下山。まあ、いい。できれば今シーズン中もう一度くらい行きたい。



ちなみにここは硫化水素が噴き出している場所があって、山一体が常に硫黄の匂い。ずっと温泉卵を食べているような、あるいは食べたいような気持ちでした。




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2008年2月 9日 (土)

珈琲の楽園2

黒猫の「ユーリ」にパグの「アラン」。こうやって二つを並べたら分かる人には説明するまでもないけれど、人類で初めて宇宙に行ったユーリイ・ガガーリンとアメリカ人最初の宇宙飛行士、アラン・シェパードから取ったものだ。マスターと共に、彼らもまたこの喫茶店の名物で、かわいくてしょうがない。アランの方はヨダレを足らして戯れてくるくらいなついているのだが、ユーリの方は未だに駄目。なんども引っ掻かれそうになっている。この前のエントリは、喫茶店で書いている、といったけど、そのとき、またもう一匹新入りの子犬が仲間に加わった。なんかいい名前ないか、と話していたから、ソビエト、アメリカときたのだから、次は日本人だろうということで「トヨヒロ」はどうかと言ったら無視された。癪なので真面目に考えて「クドリャフカ」を提案したら思いのほか気に入っていたよ。



そうそう、肝心の珈琲の味だけど、常連の人に言わせるなかなかおいしいらしい。僕は珈琲音痴なのでよくわからない。なんでも豆は、ヒッピー時代に知り合った人たちからのツテで、海外から直接マスターが買い付けているらしい。だから各国の豆が楽しめるというのがこの喫茶店の売りでもある。


こんな店にありがちだが、ここも例に漏れず休みは不定休でマスターの気分しだいだ。とはいっても、二階が自宅になっているから、店がやってなくても家にいればたいてい行けば開けてくれるのだけれど。
そして年に何度か突然数週間から2ヶ月ほど休みになるときがある。マスターが旅に出るときだ。帰ってきて話を聞けば、本当の自然を見にヨセミテに行ってきただの、水墨画の心を知るために桂林に行ってきただの、ニュージーランドにカヤックしに行っただの、職業旅人のヒデに負けず劣らず世界を旅している。そんでもって帰ってきたら「海外もいいがやっぱり日本もいい。だからどうせなら、海外に日本があればいいのにな」なんてわけのわからないことをのたまうのだ。



そして、昨日の話。僕はターニングポイントとなる選択をこの喫茶店でしてきた。例えば、大学進学。一浪するかしないかを決めたのがここ。翌年、合格した5つくらいの中から進学する大学を決めたのもここ。同じように就職先を決めたのもここ。そして、退社するのを決めたのもこの場所だった。
あ、ターニングポイントという言い方はちょっと違うかもしれない。大きく環境が変化した、という意味で使っているのであって、果たしてこれら見かけ上の大きな節目が人生の節目になるとは限らない。そんなものはあと30年くらい経たないとわからないと思う。だからこれらは大きな出来事のように見えて、実はまったく影響がなかった、どの道を選ぼうが大差はない、となるかもしれない。大差があるかもしれない。もう影響が出ているかもしれない。現段階では、大きな選択だったということだ。
僕はこの喫茶店でそれを決めてきた。別にマスターや常連の人に相談したわけじゃない。ただ、椅子に座って珈琲を飲んでいただけだ。けれど、そうしていると、それまでいくら考えても結論が出せないでいたのが嘘のように、スッと答えが出せた。まあ、どうにかなると思えた。


そういうこともあって、この喫茶店は僕の大事な場所なのです。



この喫茶店のために多摩に住んでもいい、と思えるくらいのところだ。だから当初、多摩に一人暮らしも考えた。つい先日の話だ。そんなときにマスターに「いい本だ」と一冊の本を渡された。響星治「それからの詩」だ。僕はその場でそれを読み終え、直後、この喫茶店で僕は多摩を出ることに決めた。


物語の中で、主人公の春玖がこんな言葉を口にする。「もちろん、居心地のいい風が吹く場所にずっといるのもいい。それは幸せなことだ。けど、その場所からあえて離れてみる時ってのはあるんだよ。それが今だ」


ちなみに、家を出るとかでないとか多摩で一人暮らしするとかしないとかいった僕の事情は、マスターはこのとき何も知らなかった。でもマスターは僕にこの本を渡し、僕はこの一節に出会った。



もう、おそらく当分の間、僕はあの喫茶店にはいかないつもりだ。言葉にはしなかったけど、常連さんにもマスターにもあの喫茶店にも、お別れのつもりでこの前は行ったから。



最後に。春玖の言葉はあの一節の後こう続く。「自分がいい風を起こすことができるようになったら、また戻ってくればいいじゃねえか」ってね。




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2008年2月 6日 (水)

珈琲の楽園1

こんな僕にも、1店だけ“行きつけ”と呼んでもいいだろう喫茶店がある。こんな僕、とはつまり、ここ最近ズボンの二枚履きにはまってしまいもう一枚には戻れない体になってしまったり、呂布が倒せないでいたり、テレ朝しか映らないという特異な壊れ方をしたテレビの新居での扱いに悩んでいたり、ダム好きと言ってはいるけどここ最近はあまり見に行っていなかったり、半年ほど前から地元のフットサルチームに入って隔週でやり始めたのだが少々面倒くさくなってきていたり、1ヶ月前に友人から借りたDVDを未だ見ていなかったり、CDプレーヤ壊れたり、ブロッコリ主食になりつつあったり、一昨日届いた地元の友人からの時期外れな年賀状の対応に困っていたり、携帯電話鳴らなくてだったり、確定申告行かなきゃで深刻だったり、な僕です。


いや、今日、話したいのは近況じゃない。行きつけの喫茶店の話だ。しかし、その前に。


僕はブログでは本当に大事なことや大切なことは書かないことにしていた。発表したところでその物事の価値が落ちるとは思わないけど、やっぱり大切なことを発表する場にはふさわしくないような気がする。だから自分にとってけっこう大きな出来事でもここに書いてないことはたくさんある。まあ、いちいち報告しているわけじゃないから当たり前の話だけど。特にこの1年はそれまでの年より色々なことがあって……って、別に今日はここ1年の総括がしたいんじゃない。喫茶店の話だ。どうも今回は長くなりそうだ。



これからも大切な事は書かない、という方針は変えないつもりだけど、今回だけは僕にとって大事な話をしようと思う。

それが行きつけの喫茶店だ。



場所は多摩市、聖跡桜ヶ丘の住宅街のどこか。申し訳ないけどこれ以上は言えない。その喫茶店に初めて行ったのは、高校3年生の夏休みだ。塾の帰り道、たまたま街中で高1のときの担任に会った。この先生、将来はホームレスになりたい、というのが口癖のちょっと浮世離れした、数学を愛して止まない先生で、担任だったときも必要以上の会話はしていなかった。だから突然、今、暇ならこれから喫茶店に付き合わないか、と誘われたのには正直驚いた。ほどなくしてついたところは、住宅街の一角、知らなければ屋号の看板すら気が付かないような、なんとも商売っ気のない佇まいをした喫茶店だった。ソファ席とカウンター席、合わせて10席くらいもないくらいのこじんまりした店内。店内の壁にはずらりと本棚が並んであって、小説から図鑑、洋書がびっしりと置かれている。こういった大人な雰囲気の店に慣れていなかった僕は(未だに)、このときは全然落ち着かずにいたことを覚えている。けど、僕はこのときからこの喫茶店に通うようになったのだ。


こんな喫茶店だからだいたいいつ行ってもお客さんは、常連の人や近所の人など何度か見たことがある顏ばかりが集まっていた。そんな常連がここに足を運ぶ理由は、珈琲一杯で何時間居座ろうが何も言われないことや、なんとも落ち着く店内の雰囲気もあるが、一番はなんといっても一癖も二癖もあるマスターがいるからだ。


このマスター、普段は寡黙でカウンターの後ろでただひたすら本を読んでいるのだが、ひとたび興が乗ると
よくしゃべる。見た目は30代後半、40代前半の風貌なのだが、話を聞いているかぎり、どうやら団塊の世代くらいのようなのだ。よく常連の人とは、若い頃は、機動隊に投石したり、少ない燃料で爆発的な攻撃力のある火炎瓶の作り方を研究してたなあ、なんて話で盛り上がったりしている。ようするに学生運動どっぷりな人なのだ。そのあとはヒッピーになって、世界中を放浪していたらしい。インドでは、あのスティーブ・ジョーブスと寝食を共にしたこもあるなんて話も出てきたりする。その後、一度日本に帰ってきて一時期自衛隊にも入ったりしたが、再び世界に旅立ち、そのときにスリランカでとんでもなくおいしい珈琲に出会い、喫茶店をやることを決意したらしい。確かにスティーブ・ジョブスは一時期ヒッピーしていたらしいけどとか、学生運動やってた人間が自衛隊行くか?とか、スリランカなら紅茶だろ、とか彼のする話が本当かどうかわからないけど、そんなことは問題じゃない。おもしろいからいいのだ。


で、僕はここに通うようになったのは、学生運動やヒッピーや映画や音楽や浮世絵など僕の知らない文化の話が聞けるというのもあったし、こういった大人な場所を知っているという優越感、まあ、簡単に言うと背伸びしたかったからとか色々ある。ようするに、僕がもっとも嫌悪する、お前和室に無理矢理アジアンテイストはお洒落なのか?お香焚いて、間接照明して気取ってる気になってるけど、はたしてそれはオシャレなのか?イケアで家具統一すればオシャレなのか?というやつだ。いや、もちろん、人それぞれ住宅事情があるし、収入もあるし、第一人の趣味だ、好きにすればいい。けど、それが真正面からオシャレだと言われるとこちらとしてもつっこみたくなるという話。つまり、床に敷いたふわふわのラグからはみ出した青々とした畳には目を潰れと?みたいなことだ。そのはみ出している部分が分かった上でやっているならいいけど、そこは見ちゃいけないみたいな空気でこられるとどうなのよ、それ、と思ってしまうのです。以上。


いや、以上じゃない。僕も当初は、俺ちゃん大人な隠れ家知ってるんだぜ、的なミーハー心満載で通い出したのだが、そんなのはすぐに違うと思った。ここは僕にとって本当に大切な、本物の場所になっていったのだ。だから今までほとんど誰にもしゃべったことがない。友達を連れて行ったのも一度だけだ。それくらい今じゃ大事な場所。



マスターや雰囲気ももちろんそうだが、いつも空いているという点もかなりポイントが高い。最近、ネコカフェやら金魚カフェやらパンダカフェなんてものが流行っているらしいけど、聞けば何十分も並ばないといけなかったり、予約しないと入れなかったり、ってのを聞いてちょっとそれはどうなのと思わざるをない。カフェで予約ってなによ?と、思うけど、これも人それぞれだからな。



高校時代は、その先生とよく通った。ここに来て以来、けっこう話すようにもなった。先生の口癖の「ホームレスになりたい」というのは、例え私財や家庭を投げ捨てででも自分は数学を研究していきたい、という比喩なのじゃないか、とあるとき気が付いた。別に確認しなかったけど、そのくらい先生は数学が好きなのが付き合っていくうちに伝わってきた。なかなか格好いい先生だったのだ。




僕はなんだかんだで高校を卒業した後も、浪人中も、大学生のときも、月1回くらいのペースで喫茶店に通い続けた。

そして、はた、と気が付いたのだけれど、僕は自分の人生に大事な、ターニングポイントと呼べるような選択肢が目の前に出てきたとき、常にその選択をこの喫茶店で決めてきたのだ。




そのターニングポイントの話をこれから、と思ったのだけれど、大分長くなってきたし、ノートパソコンのバッテリーが残り少なくなってきたので、続きはまた次回。実はこのエントリ、今、この喫茶店で書いているのでした。

ちなみに今、マスターは、奥にあるテレビで「俺たちに明日はない」を見てる。もう何度目だよ。




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2008年2月 4日 (月)

続きはwebで




国会答弁で苦しくなった時の言い訳として「記憶にございません」というのがある。日常ではなかなか使えない言葉だ。浮気を問いつめられたときにでも使った日には火に油だ。



電車通勤、通学の人にはおなじみ、四角い頭を丸くする日能研の車内広告だけど、数年前から問題解説、解答が、“続きはwebで”になってしまって残念。最近の広告は、CMでもポスターでも“続きはweb”でばかりで辟易する。HPのアクセス数を上げたいからそうするのだろうけど、どんなもんだろうとわざわざ検索して訪れたHPにろくなものはない。期待させておいてなんだよってものばかり。オダギリジョーのライフカードのやつくらいじゃないかな、あの手法でよかったのって。



今度から、国会答弁やブログとかやってる人で窮地に立たされることになった場合、“続きはwebで”って言えばいいんじゃないかな。とりあえずの時間は稼げるから。少なくとも「記憶にございません」よりは前向きだと思う。




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