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2012年9月15日 (土)

高校生活をサバイブするのはなかなかに大変だったことを思い出した『桐島、部活やめるってよ』

やらなかった。
やりたかった。
やりたくなかった。
やるべきだった。
やろうとした。
できなかった。
できるはずだった。
できたかもしれない。

……、でも。

少しはできたこともあったと思う。


ということを突きつけてくれるのが俺が思う青春を題材にした良い物語なんだけど(今考えました)、そういう意味でこの映画は劇薬だった。劇薬は口に苦いどころか、しびれて溶けて血の味がした。


けっこうネタバレしちゃってます。


簡単なあらすじ。

恋人は学校一の美人、友達はスクールカースト上位にいるやつらばかり、部活をさせればバレー部キャプテン、おまけに関東選抜に選ばれちゃう。
誰もが認める学校内一のスター、それが桐島。

しかしある日突然、桐島がバレー部を辞めたらしいという噂が学校中を駆け巡る。彼女にも友達も誰にもその理由はわからない……。

一方、そんな世界とは無縁の日陰者、映画部の部長前田。彼は顧問の先生が脚本を書いた青春映画「君よ拭け、僕の熱い涙を」を撮り、映画コンクール一次予選通過。その結果に気をよくした先生に「キミフケ」第二弾を撮れと言われるが、彼にはもっと撮りたい映画があったのだった……。


原作を初めて読んだのは二年近く前、だったような。評判は聞いていて、本屋で見つけたときにオシャレ感漂う表紙とフックのあるタイトルに惹かれて購入。
透明感のある文体と生々しいほどリアルな高校生描写、群像劇的に章ごとに主人公が変わっていくにつれて見えてくるストーリーが凄く新鮮で面白かった。
これを映画化って聞いたときどうやるのだろう、うまくできるのかなあと半信半疑でした。
というのも、細かい描写と構成力の妙で積み上げて語るタイプの話だったからそのまま映画にしても退屈なものになりかねないぞと思ったんだけど観てびっくり!原作のエッセンスはそのままに、映画にしかできない大胆な改変をしていたのだ!
原作が登場人物で章立てているところを、映画では桐島が部活やめるらしいと噂が広まる金曜日から翌週の月曜日まで、という時間で区切っていてこれは本当にお見事!

「金曜日」は何度も何度も別のアングルから同じ場面が繰り返されるのだけど、これが凄く不穏な空気をもたらしていて桐島不在で浮き足立っている学校の空気を見事に演出していた。


他に原作と大きく違うのはラスト。けっこうまるっきり違う。でもこれも素晴らしかった。原作でもっとも重要なあるシーンに最大限の映画的カタルシス与えている。



と、なんか構造的な話しちゃってだけど、僕がこの映画見て人と話したいのはそういうことよりも観てどう感じたか。その人がどう思ったか、が非常に気になる。10人いたら10人全員の感想聞きたい。教えてくれ!



この映画、最後まで桐島君は出てきません。だから僕ら観客側は、桐島という存在を桐島以外の登場人物の会話から想像するしかないんだけど、いくら学校一の中心人物だからといって部活辞めたくらいでそんな騒ぎになるのか?って思うよね。

これがなるんだよね。

やりたいことがない帰宅部の人間は桐島と友達だってところをよりどころにしているし、顔はいいけどチャランポランそうな桐島の彼女は、桐島というデキる男の「彼女」って部分をステータスにし、バレー部は桐島ありきでチームが回っている。
みんな桐島無しに存在していなくて、だからこそ桐島が、俺たちの!桐島が!部活を辞めるとなって動揺する。焦る。
これはいっちゃえば、桐島という人物はイケてる側の連中にとって、目指すべき場所であったり象徴であったり誇りだったりするんだよ。
つまり桐島という存在はスクールヒエラルキー上位の人間にとって、ファッションでありステータスであり信じるべきものなのだ。


でも、だからこそ、桐島やイケてる連中と無縁の映画部は、桐島が部活をやめることになったところで騒がない、翻弄されない、何の影響も受けない。淡々と学校生活を続ける。
スクールカースト上位の人間に「なんだっけ、タイトルでしょ?オレの熱い、なんとかを拭け?」「なにそれAV」と撮った映画を嘲笑され、体育でサッカーをやれば足手まとい扱い、クイーンビーたちが教室の後ろで下ネタ話しているとき(ここマジで感じ悪くて最高!)、前の席で一人映画秘宝を読んでいる前田がいることに気がついた女の子が言った「聞かれてんじゃない?」の言葉に対して別の子が「いいよ別に」と空気扱いされる。

映画部の人間は(主に主人公の前田とその相方の文武)はそれに対して「体育の授業で何点取ったってな。無意味」「言えよ直接」「言わない。好きなだけ不毛なことをさせてやる」と強がるのが精一杯だし、グラウンドで映画を撮影中、野球部に邪魔されても何も言うことができない。でも吹奏楽部には若干強気。同じ文化部だから。



どこまでいっても、彼らと僕ら(あえて僕らって言いましたよ!)はわかりあえないし、日本海溝並の深い断絶がそこには横たわっている。
だからこそ、最後の最後、桐島がなぜ突然辞めたのかわけもわからず振り回されるイケてる連中と、彼らに馬鹿にされつづけ邪魔されつづけ思うように映画が撮れない映画部のメンバーがはからずも屋上に会し巻き起こるあのシークエンス!!


が!


最高に最高に最高なんだよ!


バレー部のゴリラ(久保)がそこで前田に言う「こっちはこっちでギリギリなんだよ!」
そうお互い、いや、みんなもうギリギリなのだ。だからこそああいう事態になるのは必然なのだ。


そして大ラス……。



あ……。ここまでも散々ネタばれしてきたけど、本当にいよいよ最後までネタばれするからね?もう止まらない止められない。 






宏樹という登場人物がいる。
行かなくなった野球部、でもまだ退部はしていない。キャプテンは顔を合わせるたびに今度の試合来てくれと言ってくるけど面倒くさいから毎回逃げるように立ち去る。
でも、未練があるようにまだ野球鞄で登校している。

宏樹の彼女は、桐島の彼女同様派手でかわいくて中心人物だけど、見てくれとポジションばかり気にしている。宏樹はそんな彼女になにか思うことありそうなんだけど、でも何か言うほど強い意思は持たず流れに流されている。自分のことが好きだというクラスメイトの女の子の気持ちを知りながら、その子の前で彼女とキスしちゃったりする。
桐島と親友……、のはず……。


宏樹はスクールカースト上位の人間でありながら、何か不満を抱えているようにも見えるし、このままでいいのかと悩んでいるようにも見える。いつも焦点が定まっていないような目、常に揺らいでいるような印象を受ける。


全てが終わった屋上で、彼は最後、ふとした思い付き、という感じでなにげなく前田に声をかける。

そして、前田との会話の途中、彼は突然泣き出してしまう。涙を堪え、でも堪えられず涙を流す。彼の中で何かが崩れていく……。



観に行った二回ともエレベーターだったりロビーだったりで「おもしろかったんだけど、最後よくわからなかった」という声がちらほら聞こえてきた。


わからない? 
わからなくねーだろ!!お前いったい何みてたんだよ!と怒りが沸いたわけだけど、ちょっと待てよ。と。
スクールカースト上位の側だと、ラストの映画部の反乱と宏樹の涙の意味がわからないのかなあって思ったんだけど……。
いや、そんなもんわからなくても面白いように作ってるあるんですよ。最後の映画部の反乱は、前田たちの今まで蔑まれてきたものを爆発させる激烈にエモーショナルな場面であり、まじこのくそビッチどもをやっちまえって!って僕なんか拳に力が入るけど、そういう見方でなくて「あーなんか今まで地味だったやつが暴れてるw しかも結局やられてるしw」っていう風にも見える。見えるように作ってある。実際映画館ではそういう笑いも起こってたし。

ああ、でもそうだよな。それだと宏樹の涙の意味はわからないままなんだよね。


前田たち(特に前田の相方の文武が最高のコメディリリーフ)の強がりなセリフはすごくユーモアがあって笑えるんだけど(上記した体育の会話とかもそう)、その次の瞬間、彼らの置かれている不遇さとか生きづらさみたいなものがぐっと押し寄せちゃって笑えない。笑えるセリフであればあるほど、刺さる。
野球部のキャプテンの会話もそう。普通3年は夏で引退するのにキャプテンはまだ続けている。それを宏樹が問うとキャプテンはこう答える。
「ドラフトが終わるまでは」
「……」
「……キャプテンのとこにスカウトの人とか」
「来てないよ。来てないけど、でもドラフトが終わるまでは、うん」


一回目の「ドラフトが終わるまでは」は笑える。でも二回目以降はもう笑えない、無理。痛々しいほど切実しぎて正直すぎる。 

ただそれは僕が感じた感想で、前田と文武の会話もキャプテンの会話も「こいつら卑屈で歪んでるなあ」とかこのキャプテンとぼてんなあとかって見方も出来るからそういう風に笑う人もいる。



同じ映画を見ているのに、見ている世界が違うってのはおもしろいよなーと思いました。


いろんな角度で見えるのは前田たちだけが辛いんじゃなくて、一見楽しそうにみえるスクールカースト上位の人間にも悩みはあるってところをちゃんと描いているから。



でも、でもさ、って思うわけですよ。


きっとスクールカースト上位の人間は、地味で運動できずモテないってことは学校生活において「死」であり、生きてる意味がないくらいに思っている節が見受けられるし、実際に俺も高校時代そういう人をを見て感じていたことでもある。
ばーか! ファッションだけじゃねえし、恋愛だけじゃねえだろ!くそどもが!って思っちゃう。これがルサンチマンなのかわからないけどルサンチマンです。だから前田たちに肩入れしたくなるし。でもそれをこっち側からいくらいっても負け惜しみにしかならなくて、みたいな。


で、スクールカースト上位の人間で唯一、宏樹はそこに気づく。
教室の日陰者でそれまで気にしたことなんてなかったこいつらの方がぜんぜん輝いてるじゃん。夏終わっても「ドラフトが終わるまえは」と言って引退しない野球部のキャプテン。こいつらの方がよっぽど俺よりなにか持っていると、逆に俺は何持ってるんだろうと桐島を失って気がつくわけですよ。
……あの、俺は今無粋なことしてますよ? だって映画では今オレが書いた宏樹の心情を泣き顔一発で表現しちゃってるんだよ!泣くよ!!そんなん感動するにきまってんじゃん! 
宏樹のあの涙はそういう涙ですよ!
あれは俺たちがほしかった涙なんだよ!




高校のときのことを久々に思い出した。学校生活をサバイブするのってそういやすげー大変だったなあとか、もう二度と高校生活嫌だとか。かといって特に楽しくなかったわけではないし、なんか虐げられていたわけでもないんだけど。


俺の高校でのポジションてどこだったかなあとか考えてみると、まあジョックスでは間違いなくなくて、かといって映画部でもなくてその間を行ったり来たりしてる感じだったような。どっちにも友達いたしかといってどっちにも属せずみたいな。
だからふとした瞬間、あれ俺居場所なくね?とかけっこう思ってた。

うちの高校は部活に入部するのが強制で7,8割の生徒が入ってたんですよ。強制なのに7、8割っていうのはそれでも部活やらない生徒や途中で辞めたりする生徒もいるからなんだけど、俺はその2、3割の側だったの、部活入らなかったんで。そういう状況だとけっこうそれだけで居場所が限られてくる。特に一年のときとか。
だからまあ、マインド的には映画部連中なので、ハデなチャラチャラしてるやつみんなシネ!とか思ってた。

うーん。いや、そういうことでもねーな。


友達関係とかクラスでのポジションがどうとかっていうことに息苦しさを感じていたというよりは、やりたいことも特にないし、将来なりたいものも漠然とした妄想レベルでしかない。むしろそっちの焦燥感の方が強かった。高2じゃ進学とかも全然考えてなかったし、二、三年後のことは飛び越して10年後俺はなにやってんだろう……ってことばっか考えてたんだよ。
すごく焦ってた。
爆笑問題の太田光が高校時代三年間まったく話さなかったってのは有名だけど、一日終わると毎日机に傷をつけていって、それで今日が終わったことを確認していたってエピソードが凄い好きなんだけどそういう感じ。
家帰って録音しておいたUP’S(今のTBSラジオ、ジャンク枠)ひたすら繰り返し聞いてましたからねえ。



日々はつまらなくもなければ楽しくもない。
そこそこつまらないし、そこそこ楽しい。
でも、なんかなにもねーよなあ……。というような。



だから自分が高校生のときこの映画観たからといって救われるわけでもないと思うんだけど。


むしろ今でよかった。ほんとよかった!



以上、終わり!



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